代表取締役社長
大野木 昭夫
Akio Onogi
いきなりですが、子どもの頃の夢は何でしたか?
私は土木技師になる事が夢でした。
父が電力会社の保守業務に勤めていた関係で、家にはたくさんの技術書がありました。
小さい頃に、家でパラパラめくっているとダムの写真が載っていました。
その写真を見て、
父が電力会社の保守業務に勤めていた関係で、家にはたくさんの技術書がありました。
小さい頃に、家でパラパラめくっているとダムの写真が載っていました。
その写真を見て、
「かっこいいなぁ、ものづくりっていいなぁ、僕もダムとか作ってみたいなぁ」
と思っていました。就職してから一番思い出に残っている仕事は何ですか?
学校を卒業して、地元の総合建設業(ゼネコン)に入社しました。最初の現場は、下水処理場の建設でしたが、上司、協力業者の職長から土木・建築工事のイロハを徹底的に教え込まれました。その後、色々と経験を積んで・・・そうですね、一番の転機になったのは、米子道の江府インターチェンジの現場です。そこでは約2年半施工管理に携わりましたが、未経験の色んな場面に直面して、本当に苦労しました。この時期に、私は、“本当の仕事のやり方”を学んだ気がします。
現場に入った時は工事主任でした。施主(当時道路公団)のトップは、自他ともに認める超ワンマン工事長でしたが、その工事長に認められて、現場が終わる頃には現場管理のトップになっていました。
現場に入った時は工事主任でした。施主(当時道路公団)のトップは、自他ともに認める超ワンマン工事長でしたが、その工事長に認められて、現場が終わる頃には現場管理のトップになっていました。
誠心誠意、がむしゃらに働き、人の懐に飛び込む“仕事のやり方”を学びました。
社長に就任された時の気持ちを教えてください。
社長の話があった時、家族に相談せずに決めてしまったので、あとで家内にずいぶん怒られましたねぇ(笑)
前の会社で管理職を経験した時に、私は人財育成に力を入れたいと思いました。
間違っているのではないか・・・すごく悩んだ時期もありました。
前の会社で管理職を経験した時に、私は人財育成に力を入れたいと思いました。
“社員の挑戦なくして会社の成長はない”
と思っていましたので、自分が社長になってそれを実践したい、と強く思いました。ですが、現実はすごく大変でした。信頼していた人が突然に辞めたり、一度にたくさんの人が辞めていったりと、自分のやっていることは正しいのだろうか・・・間違っているのではないか・・・すごく悩んだ時期もありました。
エスジーズの“強み”は何ですか?
やはり“人”の力ですね。社長に就任した平成15年~平成18年頃、不況に喘いだ時期でした。その時、大型風車の開発・申請の仕事が舞い込んできました。その当時はまだ誰もやったことがなく不安でしたが、チャレンジしてみようと思い社員に話したところ、みんなが「よし!やろう!」と一緒にチャレンジしてくれたのは今でも忘れられません。それを機に様々な分野で事業展開していき不況を乗り越えてここまでやってくることができました。
そういう“人”の力、絆、繋がりは他社に負けない、そう思っています。
若い人財に思うこと、期待することは何ですか?
やはり
自分の目標を持って、それに向かって一生懸命にチャレンジする
ですね。これからのエスジーズを牽引していくのはどのような人財だと考えていますか?
私は、一人ひとりが色々な状況において、役割を担い、欠くことのできない人間になって、会社の中で活躍できる場所を見い出せる、そんな会社を目指しています。その為にも皆さんには将来の目標を持ってもらいたい、そう思っています。
そして、現状に満足せず常にチャレンジしていく人財
がこれからのエスジーズを牽引していってほしいですね。